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2016
09.17

野菜の記録の1年終わりました

「わたし流・自然な家庭菜園/私の畑とつれづれの日々」のブログを始めて一年以上が経過しました。
野菜作りは、一年の周期で毎年繰り返されていきます。
一年が過ぎて、多少は新しい発見や野菜の出来不出来はありますが一年を過ぎると野菜作りの記録はほぼ残りました。
わたしの中では、自分のやり方である方向が定着してしまい、これといった新鮮味も少しなくなり書くことも少なくなってきました。
このブログは一旦お休みして、野菜についての日々は以前のブログ「いくさんのお部屋」つぶやきNo.2のカテゴリー「野菜」にこれからは戻ろうと思います。

自然栽培という方法で野菜を作り始めて、8年目になります。
今まで、無農薬/無化学肥料での野菜作りという点ではブレないでやってきました。
色々迷うことも多々ありましたが、いろんな方法を学習させていただきながら自分なりのやり方が見えてきたように思います。
これからも模索は続くと思いますが、野菜やガーデニングは日々の生活の一部です。
日常の日々の生活が自分で出来る限り、続けていきたいと思っています。
そして、野菜作りを通じてできるだけ納得のいく食と生活環境を守っていきたいと思っています。
ブログの更新はまめにできるかはわかりませんが、お気付きの点はご指摘いただければありがたいです。

今までご覧下さいましてありがとうございました。

ここでは最後になる今日のわたしの畑の写真です。
P9170005.jpg


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2015
08.20

お盆も終わると

京都のお盆は忙しい。
家では、今年は母の初盆でもあるのでよけいに忙しかった。
実家に帰ってまる六年の母との同居は、振り返ればあまりに短かかった。
母との生活は、それまでの私の生活を一変してしまった。
実家のあった古い家のあとの空き地は畑になり、今では野菜と果物の苗木で一面の緑になっている。
ここで母と暮らす生活で手に入れたのは、野菜作り。
それはそれで、面白いしやりがいがあるとは思っている。

母はいなくても蒔いた種や苗は草ボウボウでも半ば勝手に育つし、何かは収穫出来る。
しかし、今は何かが変わってしまったと感じる。

振り返るといつも私は流れに身を委せて、自分が必要とされることをまず一番の優先と考え、その中で出来ることをすると言う私の生き方だった。
そんな中でも、自分で楽しめることも見つけて充実はしていた。

この6年間は、野菜作りも加わった。
野菜は食に直結していて生きる糧でもあるので今辞めようとは思わないが、母がいなくなってしまったことで何かが変わったような気がする。
ひとつの節目なのだろう。
人は拘束されるものが無くなり自由を得ると、一瞬戸惑ってしまうのかもしれない。
忙しい時ほどその合間を見て、今出来ることを見つけて集中出来るのかもしれない。

昨日は、友人から絵画教室への誘いを受けた。
もともと、絵は好きなので歳をとって体が動かなくなり何も出来なくなったら家でもう一度絵を描いてのんびり過ごしたいとは思っていた。
しかし、今は絵画教室には興味はあるが何が何でも行ってみたいという気持ちも涌いてこない。

私にここに来て一緒に暮らしてほしいと言っていた十年程前に、「ここに来て私何をするの?」と母に言うと、母は「私と同じように暮らしたらいいやん」と行っていた。「そんなん、ごめんやわ」と言っていたが、今はその母の言っていた「暮らし」だけが残っているといった感じでもある。
そう言いながら今やらなくてはならないことも、今まで続けていることもあるのだが…。

日々の生活は、坦々としたものである。
この生活に身を任せることに寄って、自ずからまた進むべき道が見えて来るのかもしれない。
いつも、そうだったように。
母がいなくなってしまって、大きな空洞が出来てしまったようだ。
今は一つの節目かもしれない。

畑はほっておいても、かってに育っている。
だめなものはだめだが、生命力のあるものは生き抜いている。
力をもらって、学ばなくては。

さあ、朝だ!
まずは、今日をスタートさせよう。

この「バターナッツ」というカボチャ、全く実の付かなかった夢枕と言うスイカの中にすごく大きいのが育っていました。今年は,心が畑に行っていないせいか、受粉がうまく行かなくてカボチャもスイカも結実が悪いのです。そんな中で,植えた憶えが無い所で伸びてきたカボチャの苗がとてつもなく元気で、延びています。なぜかこれだけは実を付けています。
P1100330.jpg


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2015
08.04

久しぶりにゆっくり

久しぶりに、誕生日ということで夫にご馳走してもらいました。
二人だけの外食は久しぶりです。
京阪樟葉駅前でのストリートライブの若者の歌を楽しみ帰宅。
一杯のビールで帰るなりぐっすり眠ってしまいまい、今頃目覚めてしまいました。

歌っていたのは強力 翔(ごうりき かける)さんという若者でした。
手話をやりながらの優しい歌声に思わず最後まで聞き入っていました。
夢が一杯の若者に、心からのエールを送ります。

なんだか久しぶりに時間がゆっくり流れたような感じでした。

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2015
08.01

何て暑いのでしょう!

今日は猛烈に暑く、朝早くから庭掃除と畑の草刈りでした。
二人目の孫が今年から保育所に行き出してから駆り出されることが多くて、ますます忙しい生活を送っています。
朝から、こんなに汗をかいたことは今までなかった思う程,びしょびしょになりました。
やっと,朝の収穫に長靴を履かなくてもいけるように通路だけは刈りました。
この一面緑の畑は私のお気に入りです。
畑で癒されています。

そして、シャワーで汗を流し孫の所へ。
ここでも癒されています。

かなり疲れているはずですが、まだ起きていられるのが不思議です。
明日も娘は仕事なので、また行ってきます。

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2015
07.25

蜘蛛の狩猟を見ました

私は蜘蛛は大っ嫌いでした。
それが今では愛情すら感じています。
家の中でもけっこう見ます。
そんな時はそっと掌でくるんで外に出してやります。
しかし厳つい蜘蛛にはまだ免疫は出来ていません。
気持ちが悪いと言う感情は、今日の出来事でかなり薄れているのを感じました。

今日はプチトマトに蜘蛛が大きな巣を張っていました。
偶然に狩りをして食事をする姿を目撃しました。
ウリハムシが蜘蛛の巣に掛り、素早い行動で獲物に近付き蜘蛛の糸で絡め中心の自分の居場所に運びました。
それからもなお、蜘蛛の糸で白くなるまでくるんでしまい、おもむろに食事をしていました。
その行動は素早く,一瞬の出来事で目を見張りました。
私もあわてて写真を撮りましたが、写真はピンぼけでした。
この写真を、不愉快に感じる人にはごめんなさい。

訳はよく分からないのですが、なぜかすごく感動しました。
多分、今まで蜘蛛の巣の中央にじっとしている蜘蛛しか見たことが無く蜘蛛の必死の姿に共鳴したんだと思います。
小さな蜘蛛ですが、とても迫力がありました。

中央にいた蜘蛛が、蜘蛛の巣に掛ったウリハムシを触肢で捕まえている。
P1100115.jpg

巣に糸で巻き付け持ち帰ったところ。
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すでに跡形もなく、残っているのは蜘蛛の糸で出来た袋状の物のみ。
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夕方見たら定位置に全く動かずじっとしていた。
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そこで蜘蛛の食事方法を調べてみました。
消化液を獲物の体内に注入して、液体にして飲み込む(体外消化)ので、食べ終わると獲物は干からびるのではなく、空っぽになっている。小さいものはかみつぶして粉々にしてしまうこともある。


蜘蛛は獲物を食べているのではなかったのですね。
初めて知りました。
知らないことが、ほんとうに多いです。


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2015
07.05

琵琶湖博物館での一日

琵琶湖博物館へ行ってきました。孫の大好きな所らしいのですが私は初めて行きました。ゆったりとした敷地の中にある内容の濃い博物館でした。
本来は琵琶湖が中心の魚の水族館のようでしたが、子どもの感心を引きつけるようにいろ工夫されて展示されていていました。

私は、とりわけ昔の農家の家の展示に惹かれました。
私の子どもの頃の生活を懐かしく思いだしました。
それから半世紀で世の中ずいぶん変わりました。
便利さをと引き換えに失ったものもたくさんあるような気がします。
古くても温かな日々の生活がありました。
この歳になったから、思うのでしょうか……

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琵琶湖博物館のHP
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2015
06.24

星田でクライミング、で思ったこと

どんどん遠のいてしまってる、山とクライミングです。
危険が伴うのでそろそろ程々にと思うのですが、辞めてしまうには惜しいです。
ここ星田に通い出してからは、15〜6年です。

最初は山のトレーニングのつもりで始めたのですが、初めて行った時にはこのハングは一つも越えることが出来ませんでした。
岩場のクライミングもまったく行かなくなり、山歩きも年に一回ぐらいしか行けなくなっていました。
しかし、ここ星田クライミングウォールは、車で3−40分と近いこともあって前程の回数は行かなくなりましたがたまに行っていました。

しかし夢中でやっていた時から比べると登れなくなっています。
それでもまるっきり辞めてしまわないのは、登れた時の喜びと、今までの苦労を思うからだと思います。

こんなにサボって力が落ちていても、何とかこのハングばかりのところの終了点まで到達出来るのはその夢中で頑張った時期があったからなのです。
こんなところを登っていて特に褒められることではないのですが、やっぱり自分なりの達成感を味わえるからなのでしょう。

私は何かと、一人でやることが好きなような気がします。
何でも最初はまったく出来なかったことが、長い間やることで少しは出来るようになります。
それは、人と比べる大したことが無い場合がほとんどです。
ほとんどが自己満足の世界です。
でも、自分のやっていることに達成感を味わい喜べるというのは、人と競争しないからだと思うのです。
小さな一つ一つの積み重ねが、自分では信じられない成果に繋がっているのだと思います。

クライミングは、その最たるものかも知れません。
一手一手、一歩一歩上を目指す。
落ちても、またそこから一手一手、一歩一歩上を目指す。
途中で登れなくなっても、諦めないでまた一手一手、一歩一歩上を目指す。
しかし自分のレベルより難しいところは、一手たりとも取れない。
自分の実力の一手上だけを目標にして、努力するとかならず取れる時が来る。

エベレストを目指したら誰でも登れる、というものでもありません。
しかし今の一歩がエベレストに向かっている可能性が無いとは言い切れません。
特に若い人にとっては、まだまだ時間はあるのです。
その一歩が、どんな高みに繋がっているのか解りません。

人生の終盤に近付くと、自分の力はちっぽけだと気がついて来ます。
もうこれで限界だや〜めた、と思うのは簡単です。
でも私は、辞められません。
それは、まだその次の一手を取りたい、と思うからです。
その一手が取れた時の喜びを知っているからだと思います。

それは、人から見たらささやかな喜びでしょう。
でも、その一手に向かうのが楽しいのです。
それは、私がやりたくなることすべて同じです。

星田でのクライミングも辞められません。
いったい、何歳まで登っているのでしょう。
そして何歳まで、野菜作りはやっているのでしょう。
私の理想では、死ぬ間際までやることがあってほしい…
それが、たとえ大したことで無くても、です。

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2015
06.24

畑が気になります

おはようございます。やっと終わりました。今回の音訳は、室生犀星集でした。旧字体と旧かなと文体と王朝文学の言葉に苦労しました。この歳でこんなに勉強したのは久しぶりです。
その参考文献として購入した文庫本ですが、2013年の8月20日発行の室生犀星著「現代語訳 蜻蛉日記」が、とても解りやすく現代訳されていて面白かったです。
内容は、著者「道綱母」の結婚生活での波乱にとんだ半生です。「近頃の若いもんは…」とよく年寄りは言いますが、人間の人生に起こることや感情は時代が変わってもそう変わらないのだなと思いました。
むしろ、このころの貴族は感情の表現では自由奔放に生きていたのでは無いかと思います。今に通じる人間の生きるための営みは、今も昔も本質は変わらないのかも知れませんね。
これでやっと畑に向かえます。といいたいところですが、次の音訳が控えています。私は毎日が慌ただしく過ぎていきます。
こういう時は、山に恋い焦がれるますね。山は良い季節になって来ます。

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2015
05.26

男の子の孫を持って

土曜日は孫(3歳と1歳の男の子)と娘と爺婆で、鈴鹿サーキットモートピア http://www.suzukacircuit.jp/motopia_s/ にお付き合いでした。 遊園地に行ったのは何十年かぶりで、娘たちが小さいとき以来です。 
私の子どもは娘で孫は男の子。
今まで、男の子と女の子とはそれほど違っていると言う意識は無かったのですが、孫が産まれてからことごとく違うことに驚くばかりです。
「男の子は、大きくて動くものが好き」と孫のパパが言うように、自動車やシャベルカーなどに興味を持っています。
買い物に一緒に出かけても、ミニカーの前で立ち止まって動きません。
なんでそんなものを欲しがるのか私には理解出来ませんでしたが、男と女は産まれた時からその差異が遺伝子の中に組み込まれていると理解するしかありません。

私の産まれた家はかなりの男尊女卑で、女性は家長である夫に従うということで、嫁である母は意見も言えずに日々過ごして来ました。
女性である私は、この家で不満ばかり持つ女の子に育ちました。
思春期には、自立してこの家を出ることしか考えていませんでした。
そして、家を離れました。

母に対しても、可哀想だと思う反面、自分の考えを持たない意志薄弱な人とという印象を持ち反発ばかりしていました。
今母が亡くなって、その考えはまったく無くなってしまいました。
反対にしっかり陰で自分自身と家族を支え、生活を守っていたことが理解出来ました。
意見を口に出さない母は、家族の平和を願うために自分を抑えていたことが今頃になって良く理解出来ます。
それが良いことだとは決して思いませんが、それでしか存在出来なかったのだと思います。
それを貫きながらやるべきことはしっかりとやり通した母に、今は尊敬と感謝を感じています。
いる間に母をちゃんと理解してあげられなかったことが悔やまれます。

今は女性も働き、意見も堂々と言える時代になりました。
しかし、子育てをしながら女性が働くにはまだまだ女性の負担は大きいとは思います。
男性が弱くなって来たと嘆く人もいるかとは思いますが、私は良い時代が来たと娘夫婦を見ていて思います。


男性と女性の差異をお互いに認め理解して、協力して平和な社会や家庭を築く。
そしてこれからも、女性がもっと働きやすく認められる社会になることを願っています。

遊園地で自動車に目を輝かせている孫には、優しく人に思いやりが持てる人に成長して欲しいと願いました。

私はというと、遊園地の花壇にばかり目がいっていました。
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2015
05.17

新緑のほしだクライミングウォールで登ってきました

ほんとうに、疲れ果てました。
でも心地よい疲れです。
新緑の星田園地は美しかったです。
良い季節なのと来週のホシダカップの練習で人でいっぱいでした。
長い間、遠ざかっていたのでもちろん登れません。

しかたないですね。
こんなに気持ちがいいなら、もう少し続けたいと思いました。
山も歩きたいなぁ〜
駐車場から、クライミングウォールまでで息切れです。
ちょっとひど過ぎますね。

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